※投稿当初はタイトルおよび本文に「侵入思考」と記してましたが、その後ちょっと違う気がしたので「反芻思考」に変更しました。
最近メンタルがちょっと不安定。
具体的にはあるネガティブな考え(というか妄想)がアタマから離れないという状況。
たとえばピアノを練習していてもふと気づくとその妄想がむくむくと湧いてきて練習に集中できなくなったり、本を読んでても文字を追ってるつもりがいつのまにかアタマの中はその妄想になってたりする。
こういうのを反芻思考というらしい。
※単純に同じ妄想の繰り返しではなくちょっとずつカタチを変えて出現したりするので正確には反芻思考ではない気もする。似たような言葉に自動思考や侵入思考もあるが前者は反芻というより反応、後者は攻撃的な雰囲気なのでこちらもちょっと違う気がする。自分の場合はネガティブ思考が繰り返しという点で便宜上反芻思考を採用。
閑話休題、その妄想についてはまだ文章にできるほど消化しきれてないのだが、事案的には考えてもしょうがないこと(本当かどうか疑わしいことをあれこれ捏ねくりまわしてるだけ)であることに違いない。
そんなしょうもないことにちょいちょい邪魔されるのがまた癪にさわる。
反芻思考は誰にでもあるもので、気にしないように心がけてるがややもすると妄想に引きずられてその世界に入ってしまう。
その世界に入ってしまうと同じ妄想が繰り返されるだけでなく、さらに広がったり深まったり別の妄想を生み出したりする。その過程で妄想自体を正当化して現実っぽく(これはしょうもないものではないと)振る舞おうとするものもありタチが悪い。
反芻思考を排除しようとしても逆効果らしいので、いまのところは引きずられないようにラベルをつけたり、放置したり、可能な時はMacに文字として吐き出したりするしか手立てがない。
首尾よく反芻思考が去ってくれたあともアタマの中に反芻思考がいたところにクレーターみたいものが残っててすぐにでも反芻思考が戻ってきそうな不安が残る。
なんてことをやってるとアタマの中で脳みそがリング状のものでじんわり締め付けられてるような、あるいは脳自体がギューと萎縮してるような感覚があり疲れてることを実感する。
なんでこんな状況になったのか自分なりに考えると、まずこの妄想がもともとの妄想癖と自意識過剰、行き過ぎた読心癖によってちょっとしたきっかけで作られたもので、これが安穏と暮らしてる心の空きスペースに居座ってやりたい放題やってるイメージ。
この心の空きスペースというのがミソで、仕事してる人だったら業務や人間関係その他もろもろ忙殺されて心に余裕がなくてこんなしょうもない妄想が居座ることはできないと察するが、ストレスフリーに近いとこうなることもあるのかなと。
ボーッと生きるのは楽しいが、やはり何か目標とか生きがいとか活き活きとしたストレスを持って「今度はあれしよう、こうすればうまくいくかも」みたいなことを日々絶え間なく実践して心の余白を放置しないことも必要なのかもしれない。
この反芻思考、いまのところ実害としては集中力の低下くらい(これはこれでいろいろ問題)だが、はてさてこの先どうなることやらと思う今日この頃。